小さなお友達

「裏切った人を見返したいと言ったって、裏切った人はもう貴方のことを忘れているよ」

「原動力としてはいいかもしれないけど、達成出来ない目標なのだから、どこかで忘れるしかないんじゃないかな」

 彼女は小さな手を開いたり閉じたりしながら、興味なさそうにそう答えた。

「それよりも、貴方の人生からドロップアウトした人のことは忘れて、これから出会う人のことを考えた方が有意義なんじゃないかな?」

「そう簡単に気持ちは切り替えられないよ。世の中に失恋ソングが溢れているくらいには、人は過去を引き摺るものなんだよ」

「そういうものなのね。私は過去と言えるくらいに長く生きてないから分からないかな。それに、失恋ソングより、ラブソングの方が明るくて好きなの」

 彼女はおにぎりを握るような仕草を取りながら、昔流行ったアイドルの歌を呟く。

「世界は愛に溢れているのに、貴方の目には見えていない。夕陽が沈む時の美しさも、今の貴方には、とても寂しいものに見えているのでしょうね」

 小さくため息を吐いた後、彼女は小さな手を懸命に伸ばして、私の頭の上に乗っけた。

「なでなでしてあげるから、元気を出しなさい。ちょっと、笑わないでよ。これくらいしか励ます方法を知らないんだから。大人と違って財力も無いし」

 先ほどまでの大人びていた言動とのギャップに、彼女の純粋な優しさに、思わず笑みが溢れる。

「ごめん、笑ったわけじゃないんだ。嬉しくて顔が綻んだんだよ。こうやって誰かに優しくして貰えるの久しぶりだったから」

「......私で良ければ、いつでもしてあげるわよ」

「ありがとう。今度、貴方が落ち込んだ時は私がよしよししてあげるね」

「気持ちだけで充分よ。私は落ち込まないから。名残惜しいけれど、そろそろ帰る時間のようね」

 頭の上から温もりが消える。とても残念な気持ちだけれど、いつまでも甘えてはいられない。

「うん、それじゃあまたね」

 私がそう言うと、彼女は少し不機嫌そうに顔を背けて、とことこと歩き出した。

 そのまま雑踏中に姿を溶かすと、私の世界に時間が戻った。