ほろ苦クッキーの隠し味
「ねえ、クッキー焼いたんだけど食べる?」
「ん、ありがと。今度のは誰にあげる予定だったの?」
「三組の竹下君。リサーチ不足だった。彼女居るなんて聞いてないしっ」
がっくりと肩を落としている里穂を尻目に貰ったクッキーをぽりぽりと食べる。彼女の焼くクッキーはほろ苦くて美味しい。
「今度から、告白する前に探偵に身辺調査を依頼したら? 里穂、これで5回目じゃん......」
「恋人居るならもう少し分かりやすいオーラ出すもんじゃね? もっと浮かれて虹色のオーラ出していてよ。女の子と話している素振りも全然なかったのに、なんで彼女居るの??」
「隠してるんじゃないの? やっぱ、恥ずいんじゃないかな。俺も彼女出来ても隠すと思うし」
「あんたは隠せないわよ。もし、彼女が出来たら、浮かれて鼻の下が伸びて、造形の崩れたアントニオ猪木になるから」
「おいおい、猪木馬鹿にすんなよ。俺の人生の道は猪木が示してくれたんだぜ?」
「馬鹿にしたのは猪木じゃないわよ。あんたよ、このプロレス馬鹿」
むっとなったが言い返すことは出来なかった。
「肉体と肉体のぶつかり合い、プロレスにしかない汗と熱さがあるんだよ。クッキー、ごっそさん」
時は過ぎ、12月18日の昼休み。
里穂が俺の机に腰を掛ける。
「今日も何か餌付けしてくれんの?」
「んっふー、それがさ。クリスマスイブにデート誘われちゃったんだ」
「良かったじゃん。相手は誰なの?」
「ひっみっつ。あんたが言うように、隠したいんだって」
「俺には言って良かったのかよ」
「あんたは幼馴染だし。口は硬いでしょ? 今まで約束破ったことないし」
「そうだな。とりあえず、おめでと」
「ありがと。イブは遊んであげれなくてごめんね?」
「元から予定あるし、イブはプロレスを観に行くって決めてるし」
ポケットからチケットを取り出して里穂に見せる。
寂しい男の嘘だと思われたくなかったからだ。
「ふーん。なら良かった。お互い良いイブを過ごそうねっ!」
「おうっ、応援してるわ」
そうこう話していると、昼休みが終わる鐘が鳴った。席に戻る里穂の背中に、ゆらゆらと手を振った。
時は過ぎ、12月24日の夕方4時。俺は隣町のドームに行くため、最寄りの駅へと足を運んでいた。
冷たい風が頬を撫でる。空を見上げると、ちらちらと舞い降りる雪が眩しくて目を細めた。
里穂は今頃楽しんでいるかな。プロレスへの期待よりも、彼女のことを考えていることに俺は自分のことながら不思議に思った。
駅に着くと里穂が居た。
頭に沢山の雪を積もらせて。
「おまっ、何やってんだよ。風邪引くじゃねーか」
俺は頭の上に積もった雪を払い落とすと、手を引いて、駅に隣接しているカフェに駆け込んだ。
里穂を席に付かせたると、俺はホットコーヒーを二つ取ってきた。
「とりあえず飲めよ。身体あっためないと風邪引くじゃん」
「あんた、プロレス観に行くんじゃなかったの......」
「まだ時間あるから大丈夫だよ。それより、里穂を置いて、どっか行ける訳ないじゃん」
里穂はぐずぐずとしながら、ホットコーヒーに手を伸ばす。暖を取るように紙のカップを優しく手で包む。
「あったかい......」
「ホットコーヒーだからな」
「ありがと......」
「クッキーのお礼だよ。気にすんな」
何があったか自分からは聞くつもりはない。
俺はコーヒーを飲みながら、彼女の言葉を待った。
「クラスの自称一軍女子の悪戯だってさ。楽しみにして待ってたら、関係ない女子が来てさ、私の写真を撮って、ネタバラシっつって言うのよ。男子使って弄ばれて、酷いよね? 間に受けて喜んだのに。今日だって、オシャレして来たのに......。今頃、僻みライングループで私のこと書いて下品に笑ってんだろうな。怒る気にもなれないよ......」
俺はコーヒーをずずっと飲み終わると一呼吸置いて言った。
「あー、じゃあ、俺とデートすっか」
「何言ってんの? あんたは恋愛対象じゃないし」
「恋愛とか関係ねーよ。俺は里穂が悲しんでるのが嫌なんだ。それに、男は薄情で嘘つきってイメージになったら嫌じゃん? 俺が男代表として、男の印象を戻しておかないと」
「プロレスはいいの?」
「泣いてる女の子置いて観に行ったら、レスラーに怒られるよ。そんなやつ男じゃねーってさ」
俺は里穂の手を握る。
冷たかった彼女の手に血が通い始めていた。
「さぁさ、麗しいお姫様。シンデレラよりも美しいお城へご招待しましょう」
話し込んでいたら、すっかりと夜は更け、外は真っ暗になっていた。
街頭の明かりを道標に彼女の手を引いて歩く。
「っと、先に腹ごしらえだな。クリスマスといえばチキンでいいんだっけ」
俺はコンビニで骨なしチキンを二つ買った。
「食べながら行こうか。足りなきゃ他のも買ってくるけど」
「足りないのは配慮かな。あんたには期待してないからいいけど」
「やっと、笑ってくれた」
「落ち込んでいても、お腹は空くし、楽しくないし。それなら、あんたとでも遊んだ方が楽しいし」
二人でいつものようにだべりながら、歩いていると、街一番のイルミネーションスポットに辿り着いた。
電飾の巻かれたお城は悲しさを振り払うようにキラキラと輝いていて。普段なら、こんな光を見ても税金の無駄遣いなんて思うけど、今日はこういうイベントがあることに感謝していた。
隣を見るとイルミネーションより綺麗に里穂が輝いていた。
「なんで、そんなに綺麗なん?」
そんな馬鹿みたいな質問が不意に飛び出た。
「あんたの側に居るからだよ」と里穂は嬉しそうにはにかんで俺の手を握った。
手から伝わってくる体温がやけにあったかくて、俺は耳まで熱くなる。
彼女が元気になったことが嬉しいに違いない。俺は一日限りの代役であることを忘れないようにしながら、里穂の手を握り返した。
ちらちらと舞う雪が光に照らされて美しく輝く。
明日の朝には溶けて消えてしまうけど。
今日この瞬間には確かに降り積もっていた。
帰り道、二人で渡し損ねたクッキーを食べながら歩いて帰った。
相変わらずほろ苦くて大人っぽい味がする。
「また焼くよ。クッキー」
「今度は成功するといいな」
里穂はちらっとこっちを見て頬を膨らませる。
「そんなこと言うならあげない」
「んっ? もしかして、俺にくれんの?」
「......次も振られたらね」
「あー、はいはい。そういう役回りで結構ですよ」
里穂は何か言いたげそうな顔をしていたが俺には分からなかった。
だけど、何よりも元気な姿に戻ってくれたことが嬉しかった。